日本経済の成長率について

2000年12月  福永清二

 §1 日本経済の成長の推移

 日本経済の成長率は’60年代以降一貫して低下の傾向を示している。その成長率はほぼ減衰指数関数的である。ここで扱う金融資産総額からは株式を除く。

 成長率が減衰指数関数であるとすれば、もとの量は二重指数関数で近似することができる。この二重指数関数近似が正しいとするとそれらの量は一定の値に向かって収斂していくと言うことである。極限値としては金融資産総額は8400兆円であり、実質国内総生産額は580兆円である。

 金融資産総額は実質国内総生産額とは時を経るにつれて遊離していくように見える。まずは実質固定資本総額と実質国内総生産額の関係を検討する。

 §2 国内総生産額と純固定資本総額の関係

 国内総生産額をデフレターで割ったものは実質国内総生産額であるが、国内総生産額の一部は純固定資本形成額として毎年資本に投入されている。純固定資本の増加率を金融資産や国内総生産と同じ係数(-0.0585)を持つ減衰指数関数とし、固定資産減耗率を一定(0.091)とした場合の計算値を 図3AB(純固定資本形成額/国内総生産額) および 図3AD (純固定資本増加額/国内総生産額)に示す。

 実質国内総生産額は実質純固定資本総額の 2/3 乗に比例する(図3@)。伸び率についてみれば純固定資本の伸び率は国内総生産の伸び率のほぼ 3/2 倍の同型の減衰指数関数で表せることを意味している。また純固定資本形成額/国内総生産額の比(次節では s と表示する)は’70年代に最高となり以降は減少を続けている。この傾向は成長率の減衰指数関数近似によってほぼ完全に再現することができる(図3AB)。

 §3 実質純固定資本総額の推移と予測

 経済成長理論では、労働力人口増加と技術進歩などの効果を考慮し、国内総生産額をコブ・ダグラス型の生産関数としてあらわす。すなわち、

 Y=Gν*(A*N)1-ν・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 ただしY:国内総生産額、G:純固定資本総額、N:労働力人口、A:技術変数と呼ばれているものである。

 ところで、実質純固定資本増加額は実質純固定資本形成額から実質固定資本減耗額(固定資産減耗率 δ を一定とする)を差引いたものである。実質純固定資本形成額は実質国内総生産額の一部である(図3A)。その割合を s であらわす。この関係を式で書くと次のようになる。

 g'=s*y-δ*g・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 ただし実質国内総生産額(y)=Y/D、実質純固定資本総額(g)=G/Dおよび a=A/D であり、D は’90年を”1”に規格化したデフレターである。g' は年間の実質純固定資本増加額である。図3@を見れば明らかなように日本の a*N はほぼ一定である。(2)式にこの関係を使う。

 g'=s*(a*N)1-ν*gν-δ*g・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 a*N の変化率をωとし、 s の変化率εを一定とすると s=s0*exp(ε*t) と書けば、(3)式の解は次のようになる。

 g=a*N*{s/[δ+ω+ε/(1-ν)]}1/(1-ν)*{1-C*exp[-(1-ν)*(δ+ω)-ε]*t}1/(1-ν)・・・・・・・(4)

 ただし s0 および C は定数である。ω≒0、ε=-0.0023 であり、δ=0.091 である。またνは図3@に見られるように実際のものは 2/3 である。s の実際は図3AC に示した通りである。

 図4から明らかなように、実質純固定資本総額は二重指数関数近似(計算式1)または(4)式(計算式2)で再現できる。計算値1の極限値は1650兆円である。

 §4 労働価値学説における経済成長率

 労働価値学説によれば資本蓄積は労働者搾取の結果であるが、資本の利益率が低下傾向にあるのは本質的である。以下このことを検証する。経済活動の諸量を人間労働を単位として測る。国内純生産額( NDP=国内総生産額ー固定資産減耗額)を国内の総労働時間労働の価格であると考える。この表現の場合の純固定資本総額の推移は図5Aに示すとおりである。

 ところで、マルクス資本論第3巻についての置塩氏の解釈によれば(「剰余価値と新技術」 置塩信雄 経済 No25 1997、10)、剰余価値 M 、労働配分率 W 、雇用率 Y および総労働力人口*平均労働時間数を N( ”1”に規格化)とすると、それらの間には次の関係がある。

 M=(1-W)*Y*N ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 W'/W=h*(Y-z) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 (5)式は剰余価値の定義式であり、(6)式は労働配分率と雇用率の関係式で、「h は労働の雇用率 Y が臨界雇用率 z から乖離すると、それに応じて賃金率 W がどれだけ変化するかを示す係数であり、賃金労働者の態度や資本の間の競争の程度に依存する。」と書かれている。Y を消去して(5)、(6)式をまとめると次のようになる。

 -h*z=W'*(1-W)/[W*(1-W-α)]・・・・但し、α=M/z ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 資本主義経済が持続していることを考慮すると、(7)式の解が 1>W>0 の範囲にあって、 W が単調関数として存在するための条件はα’が負であることである。(7)式は(@)1>W>1-α および(A) 1-α>W>0 の場合に区分できる。 それぞれのパラメータは正なので、(@)の場合は W'>0 で、W は単調増加関数である。(A)の場合は W'<0 で、W は単調減少関数でなければならない。(@)、(A)のそれぞれでは、W は境界 1-αをはさんで逆向きの W' をもち、相互に交わることはない。

 (@)と(A)の境界付近にある関数として、(@)の条件を満足する1つの試行関数 W=1-α+(α/2)2=(1-α/2)2 を考える。この場合のαの満たす方程式は次のように書ける。

 -h*z/2=α'[2/α+1/(2-α)]・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 (8)式の解は f=a*exp(-h*z*t/2)=α2/(2-α)であり、 a は定数である。αについて書き直すと、

 α=[(f2+8*f)1/2-f]/2 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 すなわち M=α*z は(7)式の条件を満足し、図5Bに示すように単調減少関数である。(9)式を満たすαによる(A)の場合の(7)式の解は近似的に次のように書ける。

 F≒b*exp[-h*z*(1-α)*t]=W/(1-W-α)α ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)

 但し b は定数である。 h 、z 、a 、b などの定数の値を適当に選ぶと、(@)、(A)の共通解として図5のように実際の総資本額が極限値をもつこと、およびその増加額が単調減少関数でありゼロに近づくことなどをほぼ再現することができる。総資本 U は不変資本(固定資本) K と可変資本 V の和であり、可変資本 V は労働配分率(賃金率) W と雇用者数 Y*N の積である。

 (@)の場合の W および Y は日本の現実に近い値が得られている。しかし(A)の場合の W および Y が日本の現実と遊離しているように見えるが、このことについては次節で検討する。

 §5 実質賃金率 W と労働生産性

 労働者の総賃金は実質賃金率Wを使って書くと次のようになる。

 V=W*Y*N・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)

 賃金が労働力の再生産のための最低費用であるとの規定を認めるなら、実質賃金率 W で受け取った賃金 V で買うことのできる使用価値は前年とほぼ等しくなければならない。交換価値として評価される労働力の価値 V は W に依存して変化するが、その賃金 V で買うことのできる商品の使用価値は W に依存せず前年とほぼ等しくなければ労働力を再生産することはできない。したがってまた労働の生産性は実質賃金率の逆数 1/W に比例していることになる。すなわち商品の生産性は実質賃金率の逆数で定義することができる。

 労働生産性 ε=1/W・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)

 商品の使用価値は個々の商品によって異なるものであるから、その定量化は厳密にはできない。しかし労働力の再生産に必要な商品(主として消費財)の総量は交換価値からみれば全労働の中の労働者の受け取り分であるが、その賃金総額で買うことのできる使用価値は労働力の再生産に必要な”量”である。消費財についての労働生産性と実質賃金率の関係は基本的には(12)式であるとしてもそれは資本と労働との争いの結果であることを否定するものではない。しかし長期的には労働力の再生産のための最低費用にまで賃金を引き下げようとする資本の動向との関係で、全体としては労働者はようやく親の代と同等の生活ができるようになっているとの推定は現実的である。

 この生産性の定義にしたがえば、(7-@)で定義された実質賃金率では日本の場合の労働生産性は、図5Dでは最初から全く伸びなかった(むしろ低下した)という奇妙な結論に導く。しかし(7-A)の場合は 1/W2 は発散的に大きくなり生産性の大幅な向上という現実と一致した結論が得られる。したがって 1/W1 にみられた生産性の停滞は見かけ上のものであり、W1 は全体の実質賃金率をあらわしてはいるが、それ W1 は総生産中の消費比率をあらわすのであり、1/W1 はその場合の労働生産性をあらわすものではないと解釈すべきである。

 なおパラメータ W を実質賃金率ではなく労働生産性のパラメータ(ε=1/W )と解釈すると、(6)式は、

 ε'/ε=h*(z-Y)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)

 と書き直してみれば明らかなように、生産労働への労働力の配分率 Y の減少と生産性の伸び率との関係式であると解釈することとなる。別の言い方では「生産労働者の割合の減少は労働の生産性の向上をあらわす」または「非生産労働者の存在は絶えざる生産性の向上を必要とする」と前提したことに等しい。εは Y が z に近い間は上昇は少ないが、最終的には Y が”ゼロ”に近づくにつれて指数関数的に上昇する。

 (13)式の計算ではεの年間上昇率は最終的には h*z であらわされる値である。このように(6)式は実質賃金率の関係式であると同時に労働の生産性の関係式であると解釈することによりWについての2つの解の両立が根拠づけられるように思われる。実質賃金率としての W1 は(6)式を満たし、労働生産性の逆数としての W2 も(6)式(それは(13)式と同じ)を満たしているのである。以上が式(5)および(6)を満たす2つの解が存在する理由である。なおこの場合の労働生産性は消費財についてのものであることは議論の経過から明らかであろう。

 なお図5Eには固定資産減耗率(0.09 と仮定)を含む生産的労働量全体の全労働量(GDPに相当)に対する比 (Y3=[Y2+0.09K1]/[1+0.09K1]) を併せて示す。Y3 は 0.3 程度でほぼ一定にとどまっているが、このことは実物商品生産の総量は総労働のほぼ一定割合に収束し、時間の経過とともに、その大部分は固定資本減耗分となるということである。つまり時間の経過とともに商品生産労働の大部分は固定資本の量的拡大ではなく、改良・更新に費やされるようになるということである。

 ところで、商品生産における雇用率と労働配分率の比は Y2/W2 であるが、これはまた、Y2*εとも書ける。すなわちある種の使用価値生産の大きさとも解釈可能である。両者の関係は次の図6に示すように計算される。なお初期値を”1”としたが特別の根拠があるわけではなく、またこの比が”初期値”を越えて大きくなることには意味があるとしても、その大きさの意味するものは改めて検討しなければならない。

 これまでの議論から明らかなように、W についての2つの解の存在は資本主義経済について次のような解釈を可能とする。すなわち労働生産性εの継続的向上は V の限りない減少の結果として生産の構造的変化すなわち K/Y の上昇をもたらす。同時に実質総賃金はNDP に限りなく近づき、総資本の増加はゼロに近づき総額は限界値に近づく。全体として置塩氏の指摘は正論である。

 まとめ

 (1)金融資産総額・実質固定資本総額・実質国内総生産額の三つの指標の増加率は共通の減衰係数(0.0585)をもつ減衰指数関数で書ける。それぞれは二重指数関数で表示できる。
 (2)実質国内総生産額は実質純固定資本総額の 2/3 乗に比例する。
 (3)金融資産総額は国内総生産額または純固定資本総額よりもより急速に増加する。
 (4)労働価値学説によれば、固定資本総額の伸び率の減少は労働生産性の向上と矛盾しない。
   21世紀の純固定資本形成額の大部分は純固定資産減耗額となり、固定資本の補修・更新のために使われる。結果として純固定資本増加額はゼロに近づく。金融資本総額は実体経済諸量より急速に拡大することは本質的である。

 データは経済企画庁編の「国民経済計算年報(’97年版)」による。
 この文章は日本科学者会議の第13回総合学術研究集会(2000/12/23)で発表したものの要約である。

続く