利益の配分

1997  福永

 これまで分析してきたものは、日本の株式市場に上場された企業の情報であった。製造業についての1652社の情報であり、それは日本の製造業全体の中ではトップクラスのものだけであった。資本金に対する分布で見ると、次の図のようなものである。
 図1の横軸は資本金額の対数(常用対数)である。横軸のステップ(間隔)は資本金の一桁の対数の差を10等分したものであり、縦軸の企業数は一つのステップの範囲に該当する企業の数である。図の中の階段状のデータは、工業統計表からとったものであるが、記載された横軸の範囲にはいる企業の数をその範囲にはいる横軸のステップの数で割ったものである。例えば資本金T億円以上10億円未満の製造業企業の数は5877社であった。従って横軸のその範囲のステップの数は10個であるので、587.7社というデータが10個連続してあるように表してある。
 企業分布は両対数グラフでほぼ直線的である。今回解析の対象とした上場企業は、資本金額約30億円以上のほとんどの製造業企業を含んでいると見てよいであろう。
 製造業以外を含め、今回上場企業等として解析した企業は銀行・証券会社以外の2927社についてであり、産業別では次の図に示すようなものであった。製造業は約56%を占めている。経常利益の棒グラフが100%に届いていないのは農林・水産業(10社)と鉱業(10社)を書き出さなかったからであり、計算の間違いではない。
 製造業において企業規模に対して勾配率が1%台であった4つのもの(前に示した図の中の直線の一覧表の中の番号2,17,13および8)について、他の産業におけるそれらの比の値を示したものが次の図3である。図では製造業を基準として規格化(製造業の4つの比をそれぞれ1とする)して表したものである。
 4つの比即ち、売上高/従業員数(番号2)、付加価値/売上高(番号17)、付加価値/年間総賃金(番号13)および売上原価/売上高(番号8)のうち、最初の3つのものは産業によっては製造業の場合の2倍以上若しくは半分近くの、大きく異なる値を示す産業があることを示している。これら3つの比が産業間で異なることは、これらの比はそれらの産業活動を比較する共通の指標とはならない(少なくとも資本主義社会では)ことを表している。付加価値と年間総賃金の比が産業によって大きく異なるということは、平均賃金が企業規模によっても産業によってもそれほど変わらないことを考えれば、「付加価値」と名付けた量が「価値の総量」または「労働量」そのものではなく、この比は労働力の価値とその使用によって作り出された使用価値の比を直接的にあらわすものではなく、ある種の修正された形で表現されていることを示している。生産された価値の産業間での配分が起こっている。
 残りの1つ、売上原価/売上高は産業によってほとんど変わらない量(1997年のデータでは0.763)であるが、売上高と売上原価との差は粗利益となることを考えると、この売上原価/売上高は粗利益/売上高(企業平均で0.237)と同質の量である。このような粗利益を分子とした各種の利益率を産業別に比較したのが次の図4である。
 どちらかと言えば産業ごとの差が小さいのは粗利益/(総資産+売上高)である。粗利益/売上高は電力・ガス産業で特異であり、粗利益/資本金は粗利益/総資産と似ていて卸・小売業で特異である。この粗利益/(総資産+売上高)は、ほぼこの間に企業が使用した資本の総量(総資産+売上高)に対する粗利益率であるが、その比は産業によって異なり一定ではない。この資本にとっての不公平は何らかの方法で是正されなければならないだろう。利益の産業間でのさらなる配分が必要である。
 
 粗利益/(総資産+売上高)と比較されるべきものは、資本主義企業の目的と思われる営業利益/資本金と経常利益/資本金のこれらの比の産業ごとの平均はどのようになっているであろうか?それは次の図5に粗利益/(総資産+売上高)の比とともに示す。
 図からわかるように、粗利益/(総資産+売上高)も営業利益/(総資産+売上高)および経常利益/(総資産+売上高)のいずれもどこかの産業での平均値は製造業に比べて約半分であったり、1.5倍以上であったりしている。資本金当たりの利益率では電気・ガスの営業利益率は製造業の1.7倍を越えているが、経常利益率については全ての産業で製造業の0.75から1.5倍の範囲に収まっている。営業利益率よりは経常利益率の方がより共通の産業間を比較するパラメータとなっているようである。ここで比較したのは各企業の利益率をその分布の中心を比較したのであって、それぞれの企業は全く対等であり、企業数の多少に関わらず各産業もそれぞれ全く対等に扱われていることである。農林・水産業、鉱業、電力・ガスと不動産業の4つの産業の企業数はいずれも二桁台であり統計的には問題の残る数である。これらを除いて考えれば、営業利益率と経常利益率に優劣はなく、建設業とサービス業において資本金当たりの方が(総資産+売上高)当たりよりもやや産業間の差は小さいように見える。
 資本主義企業はどちらかと言えば、資本金当たりの利益率の方が産業によって変わらないようなっている。即ち実際に使われたであろう資本の全体に対する利益率よりは資本金当たりの利益率が問題となっているといえる。このような資本金当たりの利益率を等しくするように産業間での粗利益/(総資産+売上高)の不公平は更に修正されている。
 「製造業の利益」および「製造業の付加価値」のところで使ってきた簡単な計算式は纏めると次のようになる。
 売上高=原材料費等+年間総賃金+販売・管理経費+営業利益 (1)
 右辺の第一項と第二項の和が売上原価であり、右辺の第二項以下の全ての和が付加価値である。従って、売上高に対する売上原価率がほとんど変化しない量であることを考慮すると、売上高に対する年間総賃金の比の勾配と付加価値の比の勾配がともに右肩下がりで、その大きさが前者が後者の約3倍であるのは当然である。また売上高に対する原材料費の比と付加価値の比がそれぞれの勾配が逆の符号で、打ち消すようになっている事、更に売上高に対する付加価値の勾配がマイナス10%程度であるのに、年間総賃金の勾配がマイナス28%もあることから、その対極にある営業利益の勾配がプラス13%となっているのも当然といえよう。このように勾配率の正負の両グループの間には密接な関係があり、比較的単純な関係で結ばれている。
 これまで見てきた様に、企業活動は[売上原価/売上高=一定」というある種の外的強制の下で行われている。その中での企業規模についての特徴的なものを揚げると次のように纏めることができる。
第一、企業規模が大きくなるにつれて、営業利益を確実に確保する事ができる。ばらつきが少なくなる。(番号5,6,7)

第二、企業規模が大きくなるにつれて、従業員一人当たりの固定資産は増加する。資本の有機的構成が高まる。(番号1)

第三、企業規模が大きくなるにつれて、売上高に対する人件費の割合は減少し、人件費に対する営業利益の割合は高まるす。(番号4,7)

第四、資本主義企業での資本(金)当たりの利益率は平均化される。

 同じ製造業の中では、営業利益の拡大を目的とする時、売上高の大きな企業の方が管理・販売経費は相対的に小さくできるので営業利益率は向上する。その場合売上原価の中では、従業員数の増加よりは設備等の固定資産の増加の方が大きく、原材料費等の売上高に占める割合も増加する(人件費の割合はより大きく減少する)ので、売上高に対する付加価値/年間総賃金(ある種の生産性、番号15)は増加するが、設備費が増加したようには営業利益は増加せず、多くの場合固定資産に対する営業利益率は減少する(番号6)。これがスケールメリットとして企業が利益の確保をめざし巨大化した場合の結果である。なお株主資本(自己資本)に対する経常利益の大きな右肩上がりの勾配の意味するものは企業の資本収支の分析を待たなければならない。
 
 資本金当たりの利益率を平均化する強制力の下で、結果として製造業にあっては、売上高に占める売上原価はほぼ一定に制限されるが、その値が年度によってどのように推移してきたか、その値を決定している原因は何かについては更に検討が必要である。営業利益の拡大を目指す企業活動は利益確保に向かってスケールメリットを発揮するように規模を拡大する。結果として生産性(付加価値/人件費)は拡大するが利益率は減少する。企業が生産活動を安定的に展開できるのは、売上高に対する利益率(1997年春の時点では4.5%)からみて、限界があるか否かは興味のあるところである。売上高の拡大が続く間は問題は顕在化しないであろうが、企業の海外への生産拠点の移動が続いていること、国内産業の空洞化が進行している事はある種の危険信号が出始めていると見るべきであろう。
続く