金融資産と純固定資本

2001年3月  福永清二

 ’90年代の日本経済はバブルの崩壊による資産価格の大幅下落を特徴としている。経済成長率はゼロの周辺を徘徊し、21世紀の今日でもその延長上にあって、景気は回復したとは言えない状況である。そもそも金融資産は実物資産によって裏打ちされていたはずであるが、’80年代においては金融資産は実体経済を離れて大幅な拡大を続けてきた。そのつけが今日の経済崩壊となったとみられる。ここでは金融資産と純固定資本との関係を調べることから、実体経済を離れた金融資産の増加の構造を明らかにする。

 §1 純固定資本総額の増加率

 金融資産増加額と純固定資本増加額の推移およびストックとしての金融資産総額と純固定資本総額の推移は図1のとおり。

 実質レベルでみると、純固定資本形成額は純固定資本増加額と固定資産減耗額の和と書ける筈である。すなわち実質純固定資本形成額(純固定資本形成額/デフレター)マイナス実質固定資産減耗(固定資産減耗/デフレター)分=実質純固定資本総額(純固定資本総額/デフレター)の増加分として、増加分は”等号”で結ばれている筈である。しかし固定資産減耗額は日本の統計処理上では簿価方式で記載されているのでそのまま取り上げて計算したのでは”等号”で結ぶことはできない。固定資産減耗額として簿価方式を採用した場合の関係式を次のように修正することが必要である。

 (ΔK-δK)/K=η*k'/k・・・・・・・・・・・・・(1)

 k'/k=K'/K-D'/D・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 但し、K:純固定資本総額、ΔK:純固定資本形成額、δK:固定資産減耗額(簿価)であり、実質純固定資本総額 k は k=K/D で定義される。(’)を付けた記号は時間微分すなわち年間増加額である。D:固定資本形成のデフレター(名目/実質)である。ηは修正係数である。

 δK が実際の固定資産減耗額である場合にはη=1 でなければならないが、δK として簿価方式での固定資産減耗額(簿価)を採用した場合にはηは”1”とは異なる値となる。日本経済の実際では、次の図1Aから判るように、1/ηとしては '56 年のマイナスおよび '74 年のゼロに近い値を除けば、大部分は 0.8 近くに分布しており、ηの平均値としては 1.25 である。

 (1)式の関係から、金融資産増加額 M' は次のように書くことができる。

 M'=η*Φ*D*k'・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 ただし、

 Φ=M'/(ΔK-δK)・・・・・・・・・・・・・・・・・(4) 

 と書ける。(3)式の両辺の関係式としてη=1.25 の場合を図2 に示す。金融資産増加額 M' は(3)式によって、変動に対してはオーバー気味ではあるが、非常によく再現される。

 §2 金融資産増加額と固定資本増加額の関係

 (4)式で定義される関数Φの実際は次の図に示すようなものである。長期的にはほぼ一定であるが、Φは平均値 3.05 の周りにその振幅を次第に大きくしてきている。

 長期的にはη*Φがほぼ一定 1.25*3.05≒3.81 であり、従って金融資産増加額は純固定資本増加額に比例する、すなわち式で書けば、長期的には M'∝D*k'≒K' であり、比例係数がη*Φである。

 金融資産増加額 M' は金融機関と金融機関以外のそれぞれの金融資産増加額の和である。金融負債の増加額は金融資産の増加額にほぼ等しく、金融機関以外の金融資産増加額は全金融資産増加額のほぼ半分である。金融機関以外の金融資産増加額の最低限は実物資本増加額に相当する分であり、純固定資本増加額であり、実質純固定資本増加額*デフレターである。他方、固定資本形成額が総て借入資金によっておこなわれているとすれば、金融資産増加額の最大は純固定資本形成額となる。図5にこの関係が示されている。

 ここで定義した上限を越えるのは '72 年と '86〜'89 年だけである。この時期、固定資本形成額を越える金融資産増加額が創り出されているのであり、日本経済がバブルに踊った時期でもある。このバブル期を除けば金融資産増加額はこの上限値を越えることはない。固定資本形成額を総て借入資金によってまかなっているのではないから固定資本形成額の2倍は金融資産増加額の上限を与える。

 下限はここで挙げた条件を破るようなことは起こらなかった。実際にはここで示した上限と下限の中間の資金が供給されている。下限を越える資金が経済活動に投入されているが、すくなくとも金融機関が貸し出す資金については担保物件が要求される。しかしその資金増加額の総てを担保するだけの純固定資本増加分は存在しない。担保されているのは下限に相当する分だけである。従って経済社会は何らかの担保物件を新たに造り出すことが必要になる。それは株券価格の高騰分であったり、土地価格の上昇分であったりする。日本の場合は’80年代には土地が代表的な担保物件であった。土地神話が崩壊した今日では、’90年代のアメリカのように、株式がそれに代わるものとなってくれることが期待されている。

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