第二次世界大戦後の日本経済そのU

1999、9、16 福永

 国民経済計算年報(経済企画庁’97年版)に見る日本経済 つづき

 §1 日本経済の諸パラメータの関係

 日本の非金融法人企業の「(金融資産増加額+負債増加額)/純固定資産増加額」の比はゆっくり減少しつつあるがほぼ”3”に近い値であった。このパラメータと日本の他の経済諸パラメータとの関係を纏めて図1、2に示す。

 図1の@は非金融法人企業の営業余剰の全金融資産増加額に対する比(記号 h で表す)の推移であり、平均値は図中に示したように「h≒ 0.309」である。図1のAは全金融資産増加額の全純固定資本増加額に対する比(記号 b で表す)の推移で、平均値は「b≒3.05」である。図1のBは非金融法人企業の純固定資本増加額の全純固定資本増加額に対する比(記号 e で表す)の推移であり、長期的傾向を減衰指数関数とした場合のパラメータは最小自乗法で推定した曲線を計算値(図1のBB)として示す。またその変化を無視した場合の平均値は「e≒0.475」である。さらに図1のCは非金融法人企業の「(金融資産増加額+負債増加額)/(金融資産+負債)」の比(記号 k で表す)であり、長期的傾向を表す式としての減衰指数関数はそのパラメータとともに図1のCB に示す。

 ところで、非金融法人企業の営業余剰の金融資産と負債の和に対する比、即ち営業余剰率(記号 f で表す)は次のように3つの項の積に書ける。

 f=h*k/g・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 但し g は{「非金融法人企業の(金融資産増加額+負債増加額)」/全金融資産増加額}の比である。式で書けば次のようになる。

 g=a*e/b・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 但し、記号 a は既に分析した非金融法人企業の「(金融資産増加額+負債増加額)/純固定資本増加額」の比である。f 即ち非金融法人企業の営業余剰率「=営業余剰/(金融資産+負債)」は図2のBAに示す通りであり、ゆっくりと変化する。

 図2は種々の金融資産のパラメータの長期的変化の様子を示すものである。それぞれを減衰指数関数と近似した場合の計算値をあわせて表示する。

 図から判るように、図2の@Bは図1のCの計算値そのものである(記号 k)。図2のABは(2)式の関数 g であり、最小自乗法でパラメータを求めた結果である。図2のBBは関数 f であり、長期的傾向は k/g に比例した関数で再現できる筈である。結果は図2に示す様によく再現していると言える。図2のCBは図2のABを図1のBB の計算値で割ったものである。これもよく再現していると言える。非金融法人企業の(金融資産増加額+負債増加額)の純固定資本増加額に対する比(記号 a )は定数ではなく、減衰指数関数で再現するが減衰係数は-0.0399+0.00789=-0.0320 であり、金融資産の伸び率の減衰係数(-μ=-0.0585)とは異なる。

 ところで、非金融法人企業の営業余剰率「営業余剰/(金融資産+負債)」を金融資産の伸び率より押し上げていること(図2のBBが@Bより緩やかなこと)は、非金融法人企業の(金融資産増加額+負債増加額)の全金融資産増加額に対する比(図2のAB)が減少するためであったが、その理由は図3を見れば明らかなように、それは一般政府の(金融資産増加額+負債増加額)の全金融資産増加額に対する比が次第に大きくなってきたこと(図3のAC)と関係がある。

 図3から明らかなように図3AA の減少傾向は図3AC の増加傾向と相補的といってよい。日本経済に対する一般政府の影響が増加したことによって、非金融法人企業の「(金融資産増加額+負債増加額)/純固定資本増加額」の比(図2のCA )もまた次第に小さくなっていく。このままの状況が続いた場合の西暦2030年までの予想を図2に示しておいた。此の結果は日本政府の政策と密接に関係しているものであることも理解されよう。

 §2 金融資産増加の要因(2000年1月27日に全面変更)

 図3の左側に見られるように日本全体の金融資産増加額は全体の負債増加額に等しい。また金融機関の金融資産増加額と負債増加額の和は全体の約半分である(全金融資産増加額に対する比は1に近い値である。より正確には、金融機関の関係金融資産増加額には売上債権増加額と買入債務増加額に相当するものは含まれていないので、その分だけ小さい)。別の見方からすれば次のような関係があるといえる。自己資本の増加を無視すれば金融機関の金融資産増加額は他の3つの制度即ち非金融法人企業、一般政府および家計・個人企業・非営利団体の負債増加額合計にほぼ等しい。即ち金融機関を除く3つ制度の金融資産増加額と負債増加額の合計は日本全体の金融資産増加額にほぼ等しい。また3制度の負債増加額の総計は日本全体の金融資産増加額のほぼ半分である。

 日本の全金融資産増加額は全純固定資本増加額の約3倍であるが、何故”3倍”なのかについて、生産との関係でその発生源を明らかにしなければならない。図2のCに示したように非金融法人企業の関係金融資産増加額(金融資産増加額+負債増加額)の純固定資本増加額に対する比は緩やかに減少している。図4の@は非金融法人企業の[関係金融資産増加額/純固定資本増加額]の構造を示す。図4のAは[全金融資産増加額/全純固定資本増加額]の構造である。図中の線は純固定資本増加額を基準とした各種の金融資産増加額の和を示す。図4の説明文中の括弧の中の数字はそれぞれ新たに追加された成分(+○○と記述)のみの基準(純固定資産増加額)に対する比の平均値である。図4の@Dでは追加された成分すなわち非金融法人企業の[市中借入金増加額/純固定資産増加額]=1.004であることをあらわしている。

 図4の@から判るように、非金融法人企業の純固定資本増加額はほぼ市中借入金増加額である。各種金融資産増加額の中で売上債権・買入債務に関係した成分は期間中に生産された商品増加分に対応したものであり、通貨および通貨性預金は経済活動の運転資金の増加分でもある。債券増加分は企業が債券を発行して集めたものであり、将来的には関係があるが、既存の商品生産増加分と直接的関係のない金融資産の新たな創出である。市中借入金は金融機関を通じての借入金であり、誰かの資金が移行してきたものである。

 日本全体では売上債権増加額と買入債務増加額は等しく一定期間の後には必ず相殺されるものであり、商品流通と代金回収の早さに関係していると思われるが、過程の合理化によって減少する傾向にある。図4のAからわかることは、金融資産増加額のなかで純固定資本増加額に直接対応したものは国内総生産の中の非消費部分の形を変えた預金増加額と売上債権増加額だけであり、その他の金融資産増加額は一部に企業による債券発行の形を取るものもあるが大部分は金融機関によって各種の証書(預金通帳、生命保険証書、その他の金融商品証書など)の発行(金額増加)を伴って作り出されたものである。

 純固定資本増加額より多くの金融資産が増やされているが、それらの全体は純固定資本増加額のほぼ3倍以上になっているのである。これらの資金の大部分は金融機関によって貸し出されているのであるが、金融機関が資金を貸し出す場合の根拠は社会的必要からだけではなく返還の保証としての担保の存在に依存していることもよく知られている。

 §3 純固定資本増加額を上回る金融資産増加の不安定さ

 ところで図1のA即ち「全金融資産増加額/全純固定資本増加額」が時間に余り影響されず一定であり、その平均値が 3.05 であった。しかしその変化の様子は次第に振幅が大きくなっている。

 80年代後半のように「金融資産増加額/純固定資本増加額」の比が長期的平均値を大きく外れる場合がある。いわゆるバブルであるが、それは何を根拠として金融機関が資金を提供したのであろうか。以下に見るように日本の場合はその担保物件の多くは土地であった。土地価格の高騰が金融機関の資金貸出の根拠であったことはよく知られている。図5は70年代以降の日本全体の全金融資産総額(株式を除く)に対する全純固定資産(法人企業の純固定資本とともに家計・個人企業・非営利団体・一般政府の純固定資産の全体)および再生不能有形資産(主に土地)の比をあらわしたものである。土地の資産評価は貨幣価値の下落による価格上昇を上回って大きく変化してきたことが判る。

 しかも再生不能有形資産の金融資産に対する比がほぼ一定となるように評価されてきたことも見て取ることができる(図5@B参照)。即ち土地の価格がこの25年間にほぼ10倍に高騰したことによって有形資産全体が金融資産に対する比を保ってきたのである(図5AB参照)。別の見方をすれば、土地価格は金融資産が純固定資産を上まわる分だけ高騰したと見ることもできる。即ち純固定資産増加額を上まわる金融資産の増加額は土地高騰を担保として増加させられてきたと言える。

 この再生不能有形資産の評価は一定の不正確さ(比率をδであらわす)を避けることはできない。この場合の”不正確さ”とはその範囲内であれば不自然な価格であるとする根拠は特に見あたらないという意味でもある。土地資産 T の不正確さの大きさを δT とすると、資産評価増の不正確さは √2*δT と書ける。重要なことは純固定資本の増加分やそれに相当する金融資産の増加分等はそれ自体が根拠のある実体量であるのに対し、土地資産の増加分は単なる価値評価の変更に伴う見かけ上の増加分であるという事である。その不正確さの大きさは資産総量 T の評価に比例していることである。ところで金融資産増加額 △M の不正確さ△(△M) は土地資産増の評価の不正確さのみであるとすると、金融資産増加額は不正確さを伴って次のように書ける。

△M±△(△M)=△M[1±△(△M)/△M]≒△M[1±√2*δT/△M]・・・・・・・(3)

 図5に見てきたように、再生不能有形資産 T は金融資産 M に比例し、その大きさはρ≒0.64倍であった。従って、金融資産の増加率(=△M/M)を αexp(-μt) と書くと(3)式は次のように書き直せる。

△M±△(△M)≒△M[1±√2*(ρδ/α)exp(μt)] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 上式は明らかに時間の経過と共に不正確さは金融資産の増加率の減少によって大きくなることを示している。これは土地の価格上昇を根拠として金融資産の増加を担保してきたことの結果である。即ち形式上の担保の存在によって保障されてきた金融資産はそれ故に不正確さをも増幅させることになったのである。

 (4)式の△(△M)は80年代の前半までは一般的変動幅より小さく、その陰に隠れていて表面に現れることはなかったが、80年代後半以降にあっては金融資産増加額変動の主要な部分となったことが判る。この変動幅が次第に大きくなっていくという傾向は金融機関による貸出が土地を担保とする限りつづくものと予想される。図6には「金融資産増加額/純固定資産増加額」の平均値の周りの分布を指数関数で近似したときの曲線をも示す。指数関数の係数は最小自乗法により推定したものである。この推定値は変動中心の推定値であって変動幅の上限はこの推定値の 1.5 倍程度である。指数関数の係数の値 0.0245 とα=0.859 、μ=0.0585 を用いて計算すると、再生不能有形資産の不正確さδとして 0.0245/1.05≒0.023 を得る。

 80年代後半のバブルの時代での「金融資産増加額/純固定資産増加額」の比はそれまでの平均値より大きく変化したが、この異常さは土地資産の評価変えに伴うものである。この「金融資産増加額/純固定資産増加額」の比は時代の推移と共に変動幅が拡大していることも法則的である。

 §4 全金融資産額の伸び率

 全金融資産増加額は純固定資産増加額のほぼ3倍となることが推論されるが、ここでは全金融資産額の伸び率について分析することにしよう。

 図7は全金融資産の伸び率(全金融資産増加額/前年全金融資産額)と全金融資産増加額の伸び率の経年変化の様子を示す。図7@A は減衰指数関数「αexp(-μt)」であり、図7@B は実際の金融資産の伸び率である。既に見てきたように計算値は全体としては実際のものを良く再現していると言える。図7AB は全金融資産増加額の伸び率であり、図7AA は図7AB に対応する計算値で、それは理論的には「αexp(-μt)-μ」と書くことが出来る。

 ところで全金融資産伸び率の図7@C は「今年の伸び率=前年の伸び率*(1−平均利子率)」と仮定した場合の各年の金融資産増加率を累積的に計算したものである。図7@A と図7@C は非常に良く一致していることが判る。このことは平均利子率が減衰指数関数の減衰係数μと深い関係にあることを示唆している。

 図7AC は「(全金融資産増加額ー年間全支払利子額)/前年全金融資産額」であり、減衰係数を平均利子率で置き換えた場合の全金融資産増加額の伸び率である。図7AC は計算値AA と良く一致している。

 減衰係数が平均利子率と同じとしても矛盾がないことが判ったが、両者の直接的比較は次のようになっている。

 図8から判るように減衰係数と平均利子率は完全に一致することはなく、後者は前者より僅かに大きい。両者の関係は「これまでのところでは、減衰係数は平均利子率であるとしても矛盾はない」というべきであろう。

 形式論理的には今年の経済活動(生産、流通、消費の全活動)に何らかの理由で金融資産の一部が活動に参加することがなくなるとすれば、今年新たに不参加となった金融資産の全体に対する割合(新規不参加率)を r として、前年の金融資産額の(1-r)倍となったものが経済活動を引き継ぐことになる。この場合、金融資産伸び率の関係式は次のようになる。

 △Mt+1/[Mt*(1-r)]=△Mt/Mt-1・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

したがって、金融資産伸び率の減衰指数関数近似との関係をつければ新規不参加率 r は減衰係数μと同じになる。この形式上の新規不参加金融資産が何によるのかについては検討する必要があるが、それがぞの年に支払われた全利子額とほぼ一致することからすれば、さらに利子の全体は金融機関が取り扱う金融資産に伴うものであることを考慮すれば、経済活動に必要な金融機関を通じた資金移動の仕組みが減衰指数関数的傾向を引き起こす原因であると解釈することは自然であろう。別の見方からすれば、経済活動にとっては年間利子額はその年に金融資産を流通させるために必要とされる特別経費と解釈することができる。

 ところで国内総生産の伸び率はドル表示をすればその減衰指数関数の減衰係数は主要な資本主義国でほぼ共通であることは既に見てきたことであるが、その理由は資本にとっての平均利益率がほぼ共通であることをもって説明されている。このことは国際化した資本の動きからすれば当然のことと言えるが、この資本にとっての論理は日本経済についてのここでの分析の結論「減衰係数=平均利子率」と矛盾はない。

 結論

 全金融資産増加額は全純固定資産増加額のほぼ3倍であり、その基礎には資本主義経済における金融機関を通じた資金循環と増加の仕組みがあった。経済活動において資産の実質的増加は純固定資産増加額だけであり、それ以外は経済活動の必要から生産・流通の諸企業と金融機関が作り出したものであり、経済的根拠はあるにしても金融機関を通じて行われる商品価値の増加を伴わない資金の増加である。経済活動が順調で右肩上がりの状況がつづいている間は順次資金は回収されて行くが、ひとたびどこかに停滞がおこると資金回収は担保物件の資金化の過程を経なければ回収されることはない。この場合、金融資産の増加を担保してきた土地や株の資本主義的価格評価のもつ本質的不安定さを避けることはできない。成長率の減衰指数関数的傾向は経済の不安定さを拡大する根本的理由である。

 全金融資産の伸び率は減衰指数関数で近似できるが、その減衰係数は平均利子率と密接に関係していることは確かである。他方既に明らかにしてきたように日本の非金融法人企業の分析において、そこでの負債利子率は営業余剰率(営業余剰/関係金融資産額)と密接に関係していることが示されている。商品生産企業の負債利子率が営業余剰率と同じように変化するのに対し、全体の平均利子率が一定のままであるとするには別の理由がなければならない。このことの解明には利子率についての詳しい分析が必要である。特に全利子額の大きさは金融機関以外が支払う利子以外にも、金融機関相互の資金移動(日銀からの市中銀行への貸出など)に伴う利子が含まれるからである。資本主義の発達と共に金融資産の増大によって後者即ち金融機関同志の資金移動が増えその比重は次第に高まってきている。その上に資本の国際化の影響を考慮することも欠かせない。

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