第二次世界大戦後の日本経済

国民経済年報に見る日本経済

 福永清二

 要約

 第二次世界大戦後の日本経済についての定量的分析をおこなった。金融資産と国内総生産の伸び率は減衰指数関数であらわすことができた。全体としての日本資本主義の限界が議論される。

 §1 はじめに

 80年代後半のバブルがはじけ、90年代の日本経済は深刻な不況に見舞われている。国内総生産は97年10月以降98年12月まで5期連続のマイナス成長となった。日本政府は不良債権の増加による金融不安を解消するために7兆円を超す資金を銀行につぎこみ、また財政再建計画を凍結してまで景気回復のテコ入れに狂奔している。しかし未だに明るい将来展望を見いだしたとはいえない状況である。今日の経済危機を招いた直接の要因は日本の金融機関が土地と株の高騰を担保に資金供給を続けたことにある。資本主義の基本的構造から解明することも行われているが、日本資本主義の科学的分析がさらに進められなければならない。

 ここでは最近急速に発達した情報の数値化を基礎に可能な限り定量的に日本経済を分析することを試みる。なぜなら経済諸量が定量化されない限り将来予測は困難と思われるし、定量的予測を伴わない推論は無意味とはいわないまでも、それぞれの主張の真偽を検証することが不確かとなるからである。

 著者は経済学には素人で、専門分野を異にする自然科学者である。しかし又専門分野の違う立場からみることは、基本的な間違いを犯す危険もあるが、他方では既存の学会の概念にとらわれずものがみえるという長所もあるはずである。したがって後者の立場にたって日本経済に対する分析結果を公表することは意義あることと思われる。

 §2 経済の長期的動向

 日本の金融資産の実体を分析する。第二次世界大戦後のデータ(1997年版経済企画庁の国民経済計算年報のCD-ROM)によれば、90年までは日本の金融資産は急速に増加してきたが、以後増加率は減少した。全体としては、金融資産の年間増加率は減衰指数関数で近似することができる。

 [(dM/dt)/M]=βexp(-μt)・・・金融資産の年間増加率は減衰指数曲線・・・(1)

 ただし、日本の場合1960年から95年までのデータによれば μ≒0.06 であった。同じ様な数値は国内総生産の場合にもみられる(図1参照)。

 増加率が減衰指数曲線で近似できるとすれば、その量は二重指数関数であらわすことができるはずである。すなわち、(1)式の微分方程式の解は次のようになる。

 M=Bexp[-(β/μ)exp(-μt)]・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 金融資産及び国内総生産に対する二重指数関数による再現性は図2の通り。

 金融資産についての二重指数関数の上限値は B である。このままで進めば日本の金融資産の上限は8570兆円であり、それを越えることはできない。金融資産及び国内総生産に上限が予想されるのは、90年以降の急激な落ち込みのせいではなく、60年代から続いた拡大の傾向(拡大率の減少傾向)の中にその原因が見られるということである。従って、日本を取り巻く世界情勢及び国内の社会的状況が根本的に変化することがなければ、日本経済は限界に突き当たることを予想させる。

 

 ここまでの分析が正しいとすれば、国内総生産(GDP)に対する金融資産増加および純固定資本増加(=純固定資本形成ー固定資産減耗)の比は図3のようになる。

 μを減衰指数曲線の減衰係数ととれば、国内総生産=Y=Cexp[-(γ/μ)exp(-μt)]と書くと、「金融資産増加/国内総生産」=△M/Yの比は次のようになる。ただし t は暦年(実際の計算では暦年ー1945年)であり、△M=dM/dt は金融資産増加である。

△M/Y=[βB/C]exp{-μt-[(β-γ)/μ]exp(-μt)}・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 △M/Yの実際と計算値との比較を図3に示す。「金融資産増加/国内総生産」については新なパラメーターを何一つ導入していないにもかかわらず、図から判るように70年代の前半と80年代後半の大きなピークは別にして、全体的には計算曲線と実際のものとの一致は良い。これらの式が正しいなら、金融資産はほぼ国内総生産の10倍まで拡大し、数十年後にはほぼ現在の二倍となって停滞してしまう。これらのことは金融資産の伸び率と国内総生産の伸び率が同じ減衰パラメーター(-μ)であることを認めることだけから推論されることである。同じ様な関係は純固定資本増加についてもいえる。80年代後半のように(3)式を離れて異常に金融資産が増加したあとでは、急激な落ち込みは避けられなかったともいえる。

 §3 営業余剰率と金利

 日本経済の中心は法人企業によって行われている生産と流通、消費の過程である。日本の国内総生産の動向や金融資産の動向をよりくわしくみるためには、この法人企業の動向を検討しなければならない。ここでは非金融法人企業の経済活動についてみることにする。

 図4は、非金融法人企業の負債に対する支払金利の比と非金融法人企業の関係する資金の全体(金融資産+負債)に対する営業余剰の比(営業余剰率)を示す。営業余剰率を「営業余剰/関係金融資産」の比と定義したが、企業の負債は他の誰かの金融資産であり、企業の金融資産と共に金融機関を仲介として企業活動に関係してきているものである。したがって企業の活動に参加する資金は企業の金融資産と負債の合計である。金融資産と負債の合計を”関係金融資産”と呼ぶことにする。これから問題とする金融資産は株式を除いてある。理由は株式資産の評価は多くの人々の心理的状況にも左右され不確かとなるからである。

 非金融法人企業の営業余剰率と負債支払い率が似ていることは、企業の平均利益率が平均支払い金利に比例しているということでもある。式で書けば次のようになる。

 営業余剰/(金融資産+負債)=支払金利/負債・・・・・・・・・・・(4−1)

 支払金利/営業余剰=負債/(金融資産+負債)・・・・・・・・・・・(4−2)

 営業余剰の純固定資本に対する比、即ち平均利益率をαと書き、支払金利の利率を r と書くと、(4−1)式は次のようになる。

 α/r=関係金融資産/純固定資本・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 さらに、つぎの図5にみられる関係「関係金融資産増加/純固定資本増加≒関係金融資産/純固定資本」を使うと、次の式が求められる。

 α/r≒関係金融資産増加/純固定資本増加・・・・・・・・・・・・・(6)

 なお非金融法人企業の支払い利子率 r はほぼ家計等の受取利子率でもある。(5)式および(6)式の実際の関係は図5に示す。全体の平均値は少し異なるようであるが両者はほぼ等しいといえる。

 図5に示したように、「関係金融資産/純固定資本」は '69年から '95年までの間の 27年間の平均値±標準偏差は 3.2583±0.3878であった。同じ期間の「関係金融資産増加/純固定資本増加」のそれは 3.1259±1.6695であった。これは「関係金融資産/純固定資本」の平均値よりわずかに小さい。

 以上をまとめると「平均利子率と平均利益率は比例し、その比は純固定資本と関係金融資産(金融資産+負債)の比に等しい」となる。

 §4 「α/r」と減衰指数関数

 企業に関係する資本の総量 M は企業の金融資産と負債の和であり、負債は他の誰かの金融資産である。企業の純固定資本をGで表す。企業の平均利益率をα、金融市場で調達した資金の金利を r とすると、企業の利益(営業余剰)はαG に、また資金を供給する金融資本には rM に比例した利益がもたらされる。前節の(5)式の関係は次の式で書ける。

 M=(α/r)G・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 また企業の金融資産増加と負債増加の和は企業に関係する資金の総量(関係金融資産)の増加である。関係金融資産増加(△M)も純固定資本増加(△G)の3倍強であるが、平均利益率(α)、金融市場での金利 (r )をつかえば、前節の(6)式は次のように書ける。

 △M=k(α/r)△G・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

「k=一定」を仮定し、(7)及び(8)式の時間について微分したものから、k に依存しない次の関係式が求まる。

 α'/α+G'/G=r'/r+M'/M・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 α'/α+G"/G'=r'/r+M"/M'・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)

(’)をつけた記号は一階の時間微分を表す。即ちα'=dα/dt=△αである。

(9)式と(10)式の差をとれば、

 G"/G'ーG'/G=M"/M'ーM'/M・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)

となるが、この式を時間に依存しない値、-μと置くなら、M"/M'ーM'/M=(M'/M)'/(M'/M)=-μとなるから M'/Mについての§1の(1)式の減衰指数関数がえられる。

 以上見てきた範囲では、日本資本主義は幾つかの初期条件と唯一のパラメーターである減衰係数μによって長期的傾向を説明することができた。日本資本主義の基本的特性は減衰係数μに凝縮されている。

 §5 世界の資本主義国との比較

 第二次世界大戦後の日本は経済の平和的発展が可能であった歴史的にも珍しい時代であった。このことは主要資本主義国が変動相場制に移行した1973年以降の25年間に限れば世界の資本主義国にとってもいえることである。それは

 @経済に大きな影響を与える様な自らの存立を賭けた戦争を経験しなかったという意味において、

 A高度の発達した資本主義国の勢力圏、植民地などの勢力圏の変更がなかったという意味で(これは第二次世界大戦後にほとんどの植民地・従属国が政治的独立を勝ち取った結果であり、また他方ではドルによる事実上の単一市場が作り上げられた結果でもあるが)

 B国内の政治体制に大きな変更がなかったという意味で、ファッシズムによる権力奪取もなく、人民革命も起こらなかったという意味で

 C日本は高度に発達した独占資本主義国である。、その中で金融資本の活動が次第に優位となり、特に1973年の変動為替相場制への移行の後は金融資本に対する国際的制約が基本的になくなってきたという意味で。今日の日本では金融市場の自由化が始まったばかりと思われているが、実際は既に早くから金融資本の論理が貫徹している経済になっていたという意味で、

 従って日本資本主義のこれまで分析で見てきた幾つかの長期的傾向は多分世界の資本主義国にも共通する様におもわれる。

 図6は主な資本主義国の国内総生産のドルによる表示から、その年間伸び率をあらわしたものである。データは経済企画庁の「世界経済白書(H9版)」からとった。

 アメリカについては71年後のデータのすべてを対象とした場合とベトナム戦争後の75年以降を対象とした場合で計算曲線の指数係数は異なるが、後者を採用すれば、ここで分析の対象とした範囲ではすべての資本主義国の減衰係数μは同じとみることができる。

 このように資本主義経済の国内総生産の伸び率はドル表示すれば、世界共通の減衰係数であらわすことができるが、このことは金融資本の利益率即ち利子率が世界共通となるように世界の為替レートが作り上げられていることの反映である。資本は既に国際化しているのである。これまでの種々の減衰指数関数近似はマルクスの「平均利潤率低下の法則」(資本論第3巻)としてその傾向が指摘されているものの数式化と一般化である。

 §6 議論のまとめ

 これまで幾つかの資料を示し、その説明を中心に問題の解明に当たってきたが、それらをまとめると次のようになる。20世紀後半の日本経済の特徴の一つはその平和的発展が可能であったことである。その結果として長期的動向は比較的単純な様相を示している。

 (1)金融資産及び国内総生産の伸び率の長期的傾向は減衰指数関数であらわされる。

 (2)この減衰指数関数は「金融資産増加/純固定資本増加」が「利益率/利子率」の比「α/r」と一致することに基礎をおいている。この比の値がなぜ”3”に近い大きさであるのかについては、その理由は改めて検討されなければならない。

 結論として、日本資本主義の発展には上限があることが確認された。それは法則的といえる。

戻る